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第7話「これからの地球」
実験開始から一年が経った。
ニュータウン・エデンの第7区画は、もはや以前の姿をとどめていなかった。道路の隙間から雑草が顔を出し、建物の壁には蔦が絡まっている。
「失敗だ」
多くの市民はそう言った。しかし、データは別のことを示していた。
第7区画の住民の健康指標が、他の区画を上回り始めたのだ。アレルギーは減少し、精神疾患も激減した。子供たちは泥だらけになって遊び、大人たちも笑顔を取り戻していた。
田中は複雑な表情で報告書を読んでいた。
「認めたくはないが…」
彼の隣で、鈴木が微笑んだ。
「完璧じゃないことが、完璧なのかもしれませんね」
原生林では、ゴンタが仙人の小屋を訪れていた。
「上手くいっているようだな」
佐藤は満足そうだった。
「でも、まだ一部だけだ」
「それでいい。急激な変化は、どちらにとっても毒だ」
佐藤は、一冊の古い日記を取り出した。
「実は、これを君たちに託そうと思っていた」
そこには、人間と動物が言葉を交わせるようになった理由が記されていた。
「環境制御システムには、もう一つの機能があった。人間の感覚を制限し、自然との交流を断つ機能が。それを解除したのが、私が森に来た本当の理由だ」
ゴンタは驚いた。
「じゃあ、もともと人間には…」
「そうだ。すべての生命と通じ合う能力があった。ただ、それを恐れて封じただけだ」
第7区画では、子供たちが不思議な体験をし始めていた。鳥の声が言葉のように聞こえ、犬や猫の気持ちがわかるようになってきたのだ。
大人たちは戸惑ったが、子供たちは自然に受け入れた。
「地球は一つの生命体だ」
鈴木は報告書の最後にそう記した。
「私たちはその一部であり、支配者ではない。共生とは、この真実を受け入れることから始まる」
10年後。
ニュータウン・エデンは「ガーデン・エデン」と名を変えていた。完全管理都市ではなく、自然と調和した新しい都市の形。
病気も死も、完全には克服されていない。しかし、人々はそれを受け入れることを学んだ。生きることの豊かさは、完璧さではなく、不完全さの中にあると知ったから。
田中は、今では環境共生局の局長になっていた。窓から見える景色は、もはや完璧ではない。雑然としていて、予測不能で、そして美しい。
「人間は自然と共生できない」
彼は昔の自分の言葉を思い出して苦笑した。
「共生できないのではない。共生することを選ばなかっただけだ」
森では、ゴンタが若い熊たちに語り継いでいた。人間と動物が手を取り合った日のことを。
そして、すべての生命が一つに繋がっているという、当たり前で奇跡的な真実を。
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