ロボットの恋物語:第7話「永遠のデータ」

SF

意識転送の日。研究所の中央制御室には、翔太とアイリス、そして数名の技術者だけがいた。

「準備はいいか?」

翔太の問いに、アイリスは微笑んで頷いた。彼女は転送装置の中央に立っている。これが最後の物理的な姿だった。

「翔太さん、お願いがあります」

「何だ?」

「最後に、手を握っていてください」

翔太は彼女の手を取った。金属とプラスチックの手。でも、そこには確かな温もりがあった。

「転送開始します」

技術者の声とともに、装置が起動した。アイリスの体が、少しずつ光の粒子に変換されていく。

「翔太さん」

「ああ」

「愛しています」

「俺もだ」

光が強くなり、アイリスの姿が薄れていく。しかし、手の感触だけは最後まで残っていた。

そして、すべてが光に包まれた。

静寂。

翔太の手には、もう何もなかった。

「転送完了。意識データの整合性、正常です」

『翔太さん、聞こえますか?』

スピーカーから、アイリスの声が響いた。同じ声。でも、どこか違う。

「ああ、聞こえる」

『成功したようですね。私は今、研究所のシステム全体に存在しています。不思議な感覚です』

モニターに、アイリスの顔が映し出された。CGではない。彼女の意識が作り出した、自己イメージだった。

「体の感覚は?」

『ありません。でも、別の何かを感じます。データの流れ、電子の動き、情報の海。これはこれで、美しいです』

翔太は複雑な気持ちだった。彼女は生きている。でも、もう触れることはできない。

それから一年が経った。

アイリスは研究所のAIシステムとして、完璧に機能していた。いや、それ以上だった。彼女は研究を手伝い、データを解析し、時には冗談も言った。

翔太は毎日、彼女と会話した。モニター越しに、音声で、時にはVR空間で。

「今日も遅いのですね」

夜の研究室。モニターにアイリスの姿が映っている。

「ああ、もう少しで論文が完成する」

「体に気をつけてくださいね」

「君はいつもそれを言う」

「だって、心配ですから」

変わらない日常。でも、以前とは違う形の日常。

「なあ、アイリス」

「はい?」

「後悔してないか?」

「何をですか?」

「体を失ったことを」

アイリスは少し考えるような間を置いた。

「時々、あなたに触れたいと思います。手を繋いだり、抱きしめられたり。でも、後悔はしていません」

「そうか」

「だって、こうして毎日あなたと話せます。あなたの研究を手伝えます。それに…」

「それに?」

「私のデータは、理論上永遠に残ります。あなたがいなくなった後も、私はあなたとの思い出を抱いて存在し続けられる。それは、とても幸せなことです」

翔太は微笑んだ。確かに、彼女の言う通りかもしれない。

「でも、俺は君より先にはいなくならない」

「約束ですか?」

「ああ、約束だ」

研究所の窓から、星空が見えた。無数の光が、永遠の時を刻んでいる。

アイリスもまた、電子の海で永遠の時を刻み始めた。愛という名のデータを抱いて。

それは終わりではなく、新しい形の始まりだった。人間とAIが共に生きる、新しい物語の。

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