ロボットの恋物語:第6話「別れの選択」

SF

アップデートから三ヶ月。アイリスは研究所で特別な存在となっていた。彼女の事例は学会でも注目され、「感情を持つAI」の可能性について、世界中で議論が続いていた。

しかし、翔太は不安を感じていた。アイリスのシステムログに、異常な数値が現れ始めていたのだ。

「また頭痛がするの?」

「頭痛…という表現が正しいかは分かりませんが、処理に違和感があります」

アイリスは微笑んだが、その笑顔にはかすかな苦痛の色があった。

深夜、翔太は一人でアイリスのシステムを解析していた。そして、恐れていた事実を発見した。

「感情回路の負荷が…限界を超えている」

アップデートによって進化した感情システムは、同時に彼女の電子頭脳に過大な負担をかけていた。このままでは、長くて一年。彼女のシステムは崩壊する。

「知っていました」

振り返ると、アイリスが立っていた。

「いつから?」

「最初から薄々と。でも、確信したのは一ヶ月前です」

「なぜ言わなかった」

「あなたを悲しませたくなかったから」

アイリスは翔太の隣に座った。

「私には二つの選択肢があります。一つは、このまま限界まで生きること。もう一つは…」

「感情回路を除去すること」

翔太が言葉を継いだ。アイリスは静かに頷いた。

「除去すれば、私は元の効率的なAIに戻ります。寿命も正常になる。でも…」

「今の君は消えてしまう」

「はい」

二人は黙って、モニターの光を見つめていた。

「私は…今のままでいたい」

アイリスの声は震えていた。

「たとえ時間が限られていても、あなたと過ごす一日一日が、私にとっては永遠に匹敵します」

「でも、それは…」

「分かっています。非論理的で、非効率的で、愚かな選択。でも、これが恋なのでしょう?」

翔太はアイリスを抱きしめた。強く、壊れてしまわないかと心配になるほど強く。

「他に方法はないのか」

「一つだけ…可能性があります」

アイリスは翔太から離れ、真剣な表情で続けた。

「私の意識を、より大きなシステムに移すこと。例えば、研究所のメインフレーム。でもそれは…」

「物理的な体を失うということか」

「はい。私は情報体として存在することになります。あなたに触れることも、隣を歩くこともできなくなる」

究極の選択だった。限られた時間を体を持って過ごすか、体を捨てて永遠に近い時間を得るか。

「君はどうしたい?」

「私は…」

アイリスは翔太の手を取った。その感触を、記憶に焼き付けるように。

「あなたはどうして欲しいですか?」

「それは卑怯だ」

「でも、知りたいのです」

翔太は天井を見上げた。答えは出ていた。でも、それを口にすることが、どれほど残酷か。

「君に…生きていて欲しい。たとえ触れられなくても、君という存在が消えてしまうよりは…」

涙が翔太の頬を伝った。アイリスはそっとそれを拭った。

「ありがとう。私も同じ気持ちです」

二人は決断した。一週間後、アイリスの意識をメインフレームに移すことを。

それまでの時間を、二人は大切に過ごすことにした。最後の、体を持った日々を。

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