銀行で働く強盗:第7話「最後の決断」

サスペンス

現金輸送当日の朝。

黒田は、人生で最も長い一日を迎えようとしていた。

「田中君、準備はいいか?」
山田の声は、いつもと変わらなかった。
「はい」

銀行には緊張感が漂っていた。職員たちは皆、今日が特別な日だと知っている。

午前十時。現金輸送車が到着した。

黒田は金庫室で待機していた。厚い鋼鉄の扉の向こうで、職員たちが忙しく動いている。

『今頃、協力者たちは…』

黒田は腕時計を見た。計画では、十時十五分に彼らが動くはずだった。

しかし、何も起こらなかった。

十時三十分。依然として静かだった。

『逮捕されたのか、それとも…』

その時、館内放送が流れた。

「コード・レッド。繰り返す。コード・レッド」

強盗侵入の合図だった。

黒田は驚いた。協力者たちは諦めていなかった。警察の包囲網を掻い潜り、別ルートから侵入したのだ。

金庫室の扉が激しく叩かれた。

「開けろ!」

協力者の声だった。

黒田は扉の前に立った。手には、電子ロック解除装置がある。ボタンを押せば、扉は開く。

しかし、黒田は動かなかった。

「何をしている!早く開けろ!」

黒田は深呼吸をした。そして、解除装置を床に落とした。

「すまない」

小さくつぶやいた。

外では激しい音が響いた。警察が突入したのだ。銃声、怒号、そして静寂。

全てが終わった後、金庫室の扉が正規の手順で開かれた。

入ってきたのは、山田と警察官たちだった。

「田中君、いや黒田君。君は正しい選択をした」

黒田は手錠をかけられることを覚悟した。しかし、山田は続けた。

「君の協力のおかげで、強盗団を一網打尽にできた」
「協力?」
「君は最後に、正義を選んだ。それが何よりの協力だ」

黒田は理解できなかった。

「でも、私は…」
「確かに君は罪を犯そうとした。しかし、実行はしなかった。そして、最後には仲間を裏切ってでも、正しいことを選んだ」

山田は微笑んだ。

「君には才能がある。それを正しい方向に使えば、本物の銀行員になれる」

黒田は涙が込み上げてきた。

騒ぎが収まった後、鈴木が駆け寄ってきた。

「田中さん!無事でよかった」

彼女は本当に心配していた。

「鈴木さん、実は私…」
「知ってます」

黒田は驚いた。

「支店長から聞きました。でも、田中さんは最後に正しいことをした。それが全てです」

一ヶ月後。

黒田は、本当の名前で銀行に勤めていた。もちろん、過去の清算は必要だった。しかし、山田の尽力により、更生の機会を得ることができた。

「おはようございます、黒田さん」
「おはようございます」

今度は、本物の笑顔だった。

銀行で働く元強盗。

それは奇妙な話かもしれない。しかし、人は変われる。

黒田は、そのことを身をもって証明した。

彼は今日も、人々の大切なお金を守るために働いている。

かつて奪おうとした者が、今は守る側に立つ。

それもまた、人生の皮肉な巡り合わせかもしれない。

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