現金輸送の三日前。
黒田は支店長室に呼ばれた。部屋には山田の他に、見知らぬスーツの男が二人いた。
「田中君、紹介しよう。警察の方々だ」
黒田の顔から血の気が引いた。
「実は、我々の銀行を狙う強盗団の情報があってね」
年配の刑事が口を開いた。
「内部に協力者がいる可能性が高い」
黒田は必死に平静を保った。
「それは…大変ですね」
「田中君、君は何か不審な人物を見かけなかったか?」
山田の目が、じっと黒田を見つめていた。
「いいえ、特には…」
「そうか」
刑事たちは資料を広げた。そこには、黒田の協力者たちの写真があった。
「この男たちに見覚えは?」
「ありません」
嘘だった。しかし、表情には出さなかった。
「分かった。もし何か気づいたことがあれば、すぐに連絡してくれ」
刑事たちが帰った後、山田は黒田に向き直った。
「田中君、実は君に相談がある」
「何でしょうか?」
「君を、この件の特別対策チームのリーダーにしたい」
黒田は絶句した。
「私のような新人が?」
「君の立てた警備計画は完璧だ。それに、君のような若い目が必要なんだ」
罠か、それとも本当に信頼されているのか。
黒田は受けることにした。もはや、後戻りはできない。
その日の夕方、鈴木が黒田のデスクに近づいた。
「田中さん、大丈夫ですか?顔色が悪いです」
「少し疲れているだけです」
「無理しないでくださいね。田中さんがいないと、私たち困りますから」
純粋な心配の眼差し。黒田は目を逸らした。
夜、黒田は最後の決断を迫られた。
協力者からのメッセージ。
『計画通り決行する。お前はどうする?』
黒田は返信をためらった。そして、ある決断を下した。
『計画は中止だ』
即座に返信が来た。
『裏切るのか?』
『そうじゃない。警察が動いている』
『関係ない。やる』
黒田は頭を抱えた。協力者たちは、自分の制止を聞かないつもりだ。
翌朝、黒田は山田に全てを話す決意をした。しかし、支店長室のドアをノックする手が震えた。
「入りたまえ」
中に入ると、山田は微笑んでいた。
「おはよう、田中君。いや、黒田君と呼ぶべきかな?」
黒田は凍りついた。
「いつから…」
「最初からだよ。君の経歴は完璧すぎた。完璧すぎるものは、かえって怪しい」
山田は立ち上がり、窓の外を見た。
「でも、私は君の変化を見ていた。君は本当に銀行員になろうとしていた」
「…」
「だから、チャンスを与えたんだ。君が自分で選択するチャンスを」
黒田は膝から崩れ落ちそうになった。
全ては見透かされていた。自分は、ただ踊らされていただけだった。
「私は…」
「君の協力者たちは、既に警察にマークされている。今日、彼らが動けば、即座に逮捕される」
黒田は理解した。もう、全ては終わっていたのだ。
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