銀行で働く強盗:第5話「揺れる信頼」

サスペンス

前回の記事

銀行で働く強盗:第4話「二重生活」
前回の記事第4話「二重生活」朝六時。黒田は銀行員の顔でアパートを出た。同じ建物の住人とすれ違う。「おはようございます、田中さん」「おはようございます」完璧な銀行員の笑顔。しかし、部屋に戻れば、彼は別の顔になる。銀行では、黒田は理想的な新入社...

「田中君、今日は一緒にランチでもどうだい?」

山田支店長の突然の誘いに、黒田は戸惑った。

「はい、喜んで」

断る理由はなかった。

二人は銀行近くの定食屋に入った。山田は親子丼、黒田は天ぷら定食を注文した。

「田中君、君は銀行員になって後悔していないか?」
「いいえ、毎日が充実しています」
「そうか。それは良かった」

山田は箸を止めて、黒田を見つめた。

「実は私も、若い頃は別の道を考えていたんだ」
「そうなんですか?」
「刑事になりたかった。正義を守る仕事に憧れていてね」

黒田の背筋が凍った。

「でも、結局銀行員になった。今では、これも一種の正義だと思っている。人々の大切なお金を守ることもね」

山田の言葉には、明らかに含みがあった。

食事を終えて銀行に戻ると、鈴木が慌てた様子で近づいてきた。

「田中さん、大変!」
「どうしました?」
「防犯カメラの一つが故障したみたいで。ちょうど金庫室の前のやつが」

黒田の心臓が跳ね上がった。まさか、協力者が…

「いつからですか?」
「今朝からみたい。業者を呼んだけど、明日にならないと来られないって」

これはチャンスか、それとも罠か。

黒田は平静を装いながら、状況を分析した。もし協力者が勝手に動いたなら、計画は狂う。しかし、偶然の故障なら…

「心配ですね」
黒田は心配そうな表情を作った。
「でも、他のカメラもありますし、警備員もいますから」

鈴木は安心したように微笑んだ。

「そうですよね。田中さんがいると、なんだか安心します」

その言葉が、黒田の胸に重くのしかかった。

午後、黒田は警備計画の最終案を山田に提出した。

「素晴らしい。実に緻密だ」
山田は感心した。
「ただ、一つだけ追加したい」
「何でしょうか?」
「当日は、君も金庫室の中で待機してもらう」

黒田は息を呑んだ。

「私がですか?」
「君なら信頼できる。それに、計画を立てた本人が現場にいるのが一番だ」

断れない。断れば怪しまれる。

「分かりました」

その夜、黒田は協力者たちと緊急会議を開いた。

『計画を変更する必要がある』
『どういうことだ?』
『俺が金庫室の中にいることになった』

協力者たちは動揺した。

『それじゃあ、内側から開けられないじゃないか』
『別の方法を考える』

しかし、黒田の心は既に揺れていた。

山田は全てを知っているのではないか。そして、自分を試しているのではないか。

鈴木の信頼。同僚たちの友情。それらを裏切ることが、本当にできるのか。

「もしかしたら」

黒田は一人つぶやいた。

「俺は本当に、銀行員になってしまったのかもしれない」

窓の外では、雨が降り始めていた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました