深夜二時。黒田は暗い部屋で、ノートパソコンの画面を見つめていた。
画面には、銀行の内部システムの構造図が表示されている。彼は過去二週間で、巧妙にシステムの脆弱性を探っていた。
「セキュリティレベル3か…思ったより堅い」
黒田は舌打ちした。しかし、諦めるつもりはない。どんなシステムにも必ず穴がある。人間が作ったものに、完璧なものなど存在しない。
翌朝、銀行では月例会議が開かれていた。
「来月十五日に、大口の現金輸送があります」
山田支店長が説明した。
「金額は約五億円。厳重な警備が必要です」
黒田は、メモを取るふりをしながら耳を澄ませた。五億円。予想通りの金額だった。
会議後、佐藤が黒田に声をかけた。
「田中君、来月の現金輸送の日は、君も残業になるよ」
「分かりました。頑張ります」
完璧なチャンスだった。内部にいれば、警備の隙を突くことができる。
その日の午後、黒田は金庫室の前を通りかかった。厚さ三十センチの鋼鉄製扉。最新式の電子ロック。普通なら絶対に破れない。
しかし、黒田は微笑んだ。彼には秘密兵器があった。
ポケットの中で、小さな機械が震えた。超小型の電波妨害装置。これを使えば、一時的に電子ロックを無効化できる。ただし、使えるのは一度だけ。タイミングが命だった。
「田中さん」
背後から声がした。振り返ると、鈴木が立っていた。
「金庫室に興味があるんですか?」
「いえ、ただ通りかかっただけです」
「私、一度中を見たことがあるんです」
黒田の目が輝いた。
「へえ、どんな感じでした?」
「想像以上に狭くて、息苦しかったです。お金の束がぎっしり詰まっていて」
貴重な情報だった。黒田は記憶に刻み込んだ。
その夜、黒田は協力者と連絡を取った。
『準備は整った』
暗号化されたメッセージを送信する。
『了解。こちらも準備OK』
返信はすぐに来た。協力者は三人。全員、黒田が厳選したプロフェッショナルだった。
計画では、現金輸送の当日、黒田が内部から電子ロックを解除する。その隙に、協力者たちが侵入し、現金を奪う。黒田は何食わぬ顔で、被害者を演じる。
完璧な計画に見えた。しかし…
翌日、山田支店長が妙な行動を取り始めた。
「田中君、ちょっと来てくれ」
支店長室に呼ばれた黒田は、緊張した。
「実は、君に特別な仕事を頼みたい」
「何でしょうか?」
「来月の現金輸送の警備計画を、君に立ててもらいたい」
黒田は息を呑んだ。これは罠か、それとも…
「私のような新人に、そんな重要な仕事を?」
「君なら信頼できる。それに、新鮮な視点が必要なんだ」
山田の表情からは、真意が読み取れなかった。
黒田は決断した。この申し出を受ける。そして、自分で立てた警備計画の穴を突く。それが、最も確実な方法だった。
「分かりました。全力で取り組みます」
山田は満足そうに頷いた。しかし、その目の奥に、何か別の感情が潜んでいるように見えた。
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