前回の話

第5話「世界の秘密と封印」
五通目の手紙『真実を知る者へ』を届けた後、田中は郵便局に呼び戻された。
局長が深刻な顔をしている。
「残り二通になったところで、話しておくことがある」
「何です?」
「この世界の真実だ」
局長は、郵便局の奥にある扉を開けた。そこには巨大な手紙が封印されていた。
「これは?」
「世界の設計図だ。正確には、世界を記した手紙」
田中は息を呑んだ。
「つまり……」
「そう。この世界は、誰かが書いた手紙なんだ。そして百年ごとに、書き直される」
七つの手紙は、その準備だった。古い世界の住人を、新しい世界へ移すための切符。
「でも、なぜ書き直す必要が?」
「手紙も古くなれば読めなくなる。世界も同じ。放っておけば、意味が失われ、崩壊する」
田中は六通目の手紙を見た。『世界を書く者へ』
「まさか、これは……」
「君宛てだ」
震える手で封を開ける。中には、真っ白な原稿用紙とペンが入っていた。
「私が新しい世界を書くんですか?」
「配達員は、ただ届けるだけじゃない。時には、自分で手紙を書く必要もある」
田中は原稿用紙を前に、途方に暮れた。
「何を書けば……」
「君が届けてきた手紙を思い出してごらん。記憶、愛、希望、許し、真実。それらすべてが、新しい世界の要素になる」
田中はペンを取った。最初の一文字が、震えている。
『拝啓、まだ見ぬ世界の住人たちへ』
書き始めると、不思議なことが起きた。これまで出会った人々の顔が浮かぶ。届けた手紙の温もりが蘇る。
彼らの物語を紡ぎながら、新しい世界を描いていく。
「これでいいのか……」
不安もあった。一介の郵便配達員が、世界を書くなんて。
だが、局長は優しく言った。
「完璧な世界なんてない。大切なのは、手紙が届く世界であることだ」
田中は書き続けた。窓の外では、紫色の空が金色に変わり始めていた。
最後の一文を書き終えると、手紙は自然に封筒に収まった。
宛名は『すべての人へ』
「さあ、最後の配達だ」
七通目にして最大の手紙。世界そのものを届ける配達が、待っていた。
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