第1話「目覚める郵便局」
その朝、郵便局員の田中は、いつものように出勤すると妙な違和感を覚えた。
「おかしいな」
局内の時計が逆回りしている。いや、それだけではない。切手が勝手に封筒に貼りつき、消印が自動的に押されていく。まるで郵便局そのものが生きているかのようだった。
局長の山田は、慌てた様子もなく言った。
「ついに目覚めたか。百年ぶりだな」
「は?」
「この郵便局は、ただの郵便局じゃない。世界の均衡を保つための、特別な施設なんだ」
田中が呆然としていると、カウンターの引き出しが勝手に開いた。中から古びた手紙が一通、ふわりと浮かび上がる。
「これは……」
封筒には見たこともない文字が書かれていた。それなのに、なぜか意味が理解できる。『世界の終わりが近づいている。七つの手紙を集めよ』
「冗談でしょう?」
「残念ながら本当だ。君は選ばれた配達員なんだよ、田中君」
窓の外を見ると、空が微かに紫色を帯びていた。普通の人には見えない変化。だが、目覚めた郵便局の職員には、世界の異変がはっきりと見える。
「でも、僕はただの郵便局員で……」
「それが一番大切なんだ。権力者でも、英雄でもない。毎日コツコツと手紙を届ける、普通の人間。そういう者にしか、本当に大切なものは託せない」
局長の言葉に、田中は苦笑した。
「つまり、安月給で世界を救えと?」
「そういうことだ。ただし、残業代は出ない」
「ブラックじゃないですか」
そんな軽口を叩きながらも、田中の手は震えていた。手紙が発する不思議な温もりが、これから起こる出来事の重大さを物語っていた。
郵便局の壁に掛けられた世界地図が、突然光り始めた。七つの光点が、各地に散らばっている。
「さあ、仕事の時間だ」
局長が差し出したのは、見慣れた配達用のカバンだった。ただし、底なしに物が入りそうな、明らかに普通ではないカバン。
「これで世界を救うんですか」
「手紙一通で戦争が終わることもある。手紙一通で恋が始まることもある。郵便配達員は、いつだって奇跡を運ぶ仕事なんだよ」
その時、郵便局全体が大きく脈動した。まるで心臓の鼓動のように。
世界を救う郵便局の、長い一日が始まろうとしていた。
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