最後の願いを買う本屋:第7話「最後の客」

ファンタジー

前回の話

最後の願いを買う本屋:第6話「本に閉じ込められた物語」
前回の話第6話「本に閉じ込められた物語」願書堂の片隅で、私は奇妙な本を見つけた。他の本と違い、鎖で縛られていた。「それには触らない方がいい」老人が警告した。「なぜですか?」「その中には、ある作家が閉じ込められています」私は驚いて本を見つめた...

第7話「最後の客」

季節は巡り、私はまだ願えずにいた。

ある日、願書堂を訪れると、老人が店じまいの準備をしていた。

「閉店するんですか?」

「ええ、そろそろ潮時です」

老人は本を箱に詰めながら言った。

「でも、まだ願いを求める人はいるでしょう?」

「いるでしょうね。でも、私も疲れました」

老人は手を止めて、私を見た。

「あなたは結局、願わなかったんですね」

私は頷いた。

「怖かったんです。皆さんの願いを見ていて」

「賢明な判断です」老人は微笑んだ。「実は、願わないことも一つの選択なのです」

その時、私は気づいた。今まで会った客たちのことを。

「あの少年のお母さんは?」

「回復しました。願いとは関係なく、医学の力で」

「マリさんは?」

「口笛奏者として成功しました。今では世界中で公演しています」

「星を買った少女は?」

「天文学者になりました。あの小さな星を研究して、新しい発見をしたそうです」

私は驚いた。皆、願いとは違う形で幸せを見つけていた。

「じゃあ、願いは必要なかったんですか?」

「いいえ」老人は首を振った。「願いがあったから、彼らは動き始めたのです」

老人は最後の本を箱に入れた。それは、私が持っている『最後の願い』と同じ白い本だった。

「実は、私も願いを持っていました」

老人は本を開いた。そこには『人々に願いの大切さと恐ろしさを教えたい』と書かれていた。

「それで、この店を?」

「そうです。そして、もう十分に願いは叶いました」

私は自分の本を取り出した。

「これ、返品できますか?」

「なぜです?」

「願わないと決めたので」

老人は首を振った。

「それも持っていなさい。願わないという願いを込めて」

私は本をしまった。確かに、これも一つの選択だった。

「最後に一つ教えてください」私は尋ねた。「願いとは何なのですか?」

老人は少し考えてから答えた。

「希望であり、呪いでもあります。人を動かす力であり、縛る鎖でもある。でも、最も大切なのは」

老人は私の目を見た。

「願いは、自分で叶えるものだということです」

願書堂の看板が下ろされた。

私は白い本を抱えて、路地裏を後にした。本は相変わらず白いままだったが、もう重くは感じなかった。

願わないという願い。それが私の『最後の願い』だった。

そして私は気づいた。願書堂で出会った人々は皆、本当は自分の力で願いを叶えていたのだと。本はただのきっかけに過ぎなかった。

振り返ると、願書堂があった場所には、ただの古い建物が残っているだけだった。

でも、あの鈴の音だけは、今でも心に響いている。

コメント

タイトルとURLをコピーしました