最後の願いを買う本屋:第6話「本に閉じ込められた物語」

ファンタジー

前回の話

最後の願いを買う本屋:第5話「星を返品した少女」
前回の話第5話「星を返品した少女」次に願書堂を訪れた時、店内には高校生くらいの少女がいた。彼女は大きな箱を抱えていた。「返品をお願いします」少女はきっぱりと言った。「返品?」老人は眉をひそめた。「うちは返品は受け付けていませんが」「でも、こ...

第6話「本に閉じ込められた物語」

願書堂の片隅で、私は奇妙な本を見つけた。他の本と違い、鎖で縛られていた。

「それには触らない方がいい」

老人が警告した。

「なぜですか?」

「その中には、ある作家が閉じ込められています」

私は驚いて本を見つめた。表紙には「永遠の物語」と書かれていた。

「作家が閉じ込められている?」

老人は重い口を開いた。

「彼は売れない作家でした。そして『永遠に読まれる物語を書きたい』と願った」

「それで?」

「願いは叶いました。彼自身が物語になることで」

私は鎖に触れた。冷たい感触が指先に伝わった。

「今も、この中にいるんですか?」

「ええ。永遠に物語を紡ぎ続けています。読む人がいなくても」

その時、鎖がかすかに震えた。まるで中の何かが出ようとしているかのように。

「時々、こうして震えるんです」老人は悲しそうに言った。「きっと、外に出たいのでしょう」

「助けられないんですか?」

「無理です。これが彼の願いなのですから」

私は本から手を離した。永遠に読まれる物語。それは作家にとって夢のような願いのはずだった。

「でも、誰も読まないなら意味がないのでは?」

「そこが願いの皮肉なところです」老人は本を撫でた。「彼は『読まれる』ことを願いましたが、『読者がいる』とは願わなかった」

突然、本のページが勝手にめくれ始めた。中には、びっしりと文字が書かれていた。そして今も、新しい文字が次々と現れていく。

「すごい」私は息を呑んだ。「まだ書いているんですね」

「永遠に書き続けます。それが彼の運命です」

文字を見ていると、それが助けを求める叫びのように思えた。

『誰か読んでくれ』『ここから出してくれ』

でも、それは私の想像かもしれない。

「この本を買うことはできますか?」

私は衝動的に尋ねた。

「なぜです?」

「せめて、読んであげたい」

老人は少し考えてから、首を振った。

「やめておきなさい。読み始めたら、あなたも物語に取り込まれるかもしれません」

「でも」

「彼の願いは『永遠に読まれること』です。読者もまた、永遠に読み続けることになるでしょう」

私は本から目を離した。鎖は再び静かになっていた。

願いとは、こんなにも恐ろしいものなのか。自分の願いすら、自分を縛る鎖になってしまう。

私は自分の『最後の願い』の本を取り出した。まだ白いページが、今は恐ろしく見えた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました