前回の話

第5話「星を返品した少女」
次に願書堂を訪れた時、店内には高校生くらいの少女がいた。彼女は大きな箱を抱えていた。
「返品をお願いします」
少女はきっぱりと言った。
「返品?」老人は眉をひそめた。「うちは返品は受け付けていませんが」
「でも、これは不良品です」
少女は箱を開けた。中には、小さく光る石のようなものが入っていた。
「これは……星?」
私は驚いて声を上げた。
「そうです。私は『自分だけの星が欲しい』と願いました。でも、これじゃあ意味がありません」
確かに、箱の中の星は美しく輝いていた。しかし、手のひらに乗るほど小さかった。
「どこが不満なのですか?」老人は尋ねた。
「小さすぎます。それに、誰も信じてくれません。『それただの光る石でしょ』って」
「でも、これは本物の星ですよ」
「本物でも、誰も信じなければ意味がないんです」
少女は箱を閉じた。
「私は、夜空に輝く自分の星が欲しかった。みんなが見上げて『あれが彼女の星だ』って言ってくれるような」
「なるほど」老人は頷いた。「でも、願いは正確に叶えられています。『自分だけの星』。それは、あなただけのものという意味です」
「屁理屈です」
「いいえ、これが願いの本質です。言葉通りに叶うのです」
少女は諦めたように溜息をついた。
「じゃあ、この星はどうすればいいんですか?」
老人は少し考えてから、微笑んだ。
「大切に持っていなさい。いつか、その価値が分かる時が来ます」
「こんな小さな星に価値なんて」
「小さくても、それはあなただけの星です。夜空の星は誰のものでもありませんが、その星は確実にあなたのものです」
少女は箱を見つめた。確かに、星は優しい光を放っていた。
「それに」少女の言葉をさえぎり私が口を挟んだ。
「手元にある方が、いつでも見られていいじゃないですか」
少女は私を見た。
「あなたも願いを?」
「まだです。怖くて」
「賢いと思います」少女は苦笑した。「私みたいに、勢いで願わない方がいい」
少女は箱を抱えて店を出ていった。返品はできなかったが、少し表情が和らいでいた。
「星を願う人は多いんですか?」
私は老人に尋ねた。
「ええ、でも満足する人は少ない。人は大きなものを求めがちですから」
「でも、小さくても本物の星なんですよね」
「そうです。価値は大きさではありません。でも、それに気づくには時間がかかるものです」
窓の外を見ると、夕暮れの空に一番星が輝いていた。あの少女の星も、きっと同じように輝いているのだろう。
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