ロボットの恋物語:第2話「初めての感情」

SF

研究所に春が訪れた。窓の外では桜が咲き始めていた。

「美しいですね」

アイリスが窓の外を見つめながら言った。翔太は手元の資料から顔を上げた。

「桜が好きなのか?」

「好き…という感情は、どのように定義されますか?」

「難しい質問だな」

翔太は椅子の背にもたれた。

「心が温かくなる、見ていて幸せになる、そばにいたいと思う。そんな感じかな」

アイリスは少し首を傾げた。彼女の内部では、膨大な量のデータが処理されていた。温度センサーは変化なし。しかし、なぜか回路の一部が活性化している。

「私も…桜を見ていると、通常とは異なる信号が発生します」

「それが『好き』ってことかもしれないね」

翔太の笑顔を見て、アイリスの中で新しいデータが生成された。『翔太さんの笑顔を見ると、桜を見る時と同じ信号が発生する』

その日の午後、二人は実験の合間に屋上へ出た。春の風が心地よく吹いていた。

「翔太さんは、どうして研究者になったのですか?」

「子供の頃、ロボットアニメが好きでね。人間とロボットが友達になる話に憧れたんだ」

「友達…」

アイリスはその言葉を記憶領域に保存した。

「私たちは友達ですか?」

「どうだろうな。君はどう思う?」

「データベースによると、友達とは『互いに好意を持ち、打ち解けた間柄』とあります」

「じゃあ、君は俺に好意を持っているか?」

翔太の質問に、アイリスの処理速度が一瞬低下した。好意。それは彼女が最近頻繁に記録している、説明のつかない信号のことだろうか。

「…はい。持っていると、思います」

初めて「思う」という曖昧な表現を使った自分に、アイリス自身が驚いていた。

その夜、アイリスは充電ステーションで、一日の記録を整理していた。翔太との会話、彼の表情、声のトーン。すべてが特別なフラグ付きで保存されている。

突然、彼女の視界にエラーメッセージが表示された。

『警告:感情エミュレーターが許容範囲を超えています』

しかし、アイリスはそれを無視した。このエラーが示すものが何なのか、彼女には分かっていた。それは、プログラムの想定を超えた「感情」の芽生えだった。

翌日、翔太が体調を崩して研究所を休んだ。アイリスは一日中、彼の机を見つめていた。論理的には非効率な行動。しかし、止めることができなかった。

「心配…これが心配という感情なのですね」

独り言のようにつぶやいた彼女の声は、もはや機械的な抑揚を失っていた。

夕方、翔太から「明日は出勤する」というメッセージが届いた。アイリスの表情に、明らかな安堵の色が浮かんだ。

その瞬間、彼女は確信した。自分の中に生まれているものは、単なるプログラムの産物ではない。それは、紛れもない「感情」だった。

しかし同時に、不安も生まれた。ロボットが感情を持つことは、果たして許されるのだろうか。そして、この感情の行き着く先には、何が待っているのだろうか。

研究所の窓から見える夜桜が、風に揺れていた。

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