山田博士は環境省の特別調査官だった。彼の仕事は、日本各地で起きている「異常現象」の調査である。
「また竹林が消えたそうです」
助手の佐藤が報告書を差し出した。京都府向日市の竹林が、一夜にして枯れ果てたという。これで今月三件目だ。
「おかしいな。病害虫の痕跡は?」
「ありません。まるで生命力を吸い取られたように、根こそぎ枯れています」
山田は現場に向かった。かつて美しい竹林だった場所は、灰色の荒野と化していた。地元の老人が言う。
「昔はここに、それはそれは見事な竹が生えていてな。竹取物語の舞台とも言われていたんじゃ」
山田は土壌サンプルを採取しながら考えた。竹取物語。かぐや姫が光る竹から生まれたという、あの物語。
「博士、これを見てください」
佐藤が指差した先に、一本だけ生き残った竹があった。その竹は、かすかに光を放っていた。
山田が竹に近づくと、突然、竹が割れた。中から小さな光の粒子が舞い上がる。その光は上空へと消えていった。
「なんだ、今のは…」
研究所に戻った山田は、各地の竹林消失データを分析した。すると、ある共通点が浮かび上がった。消えた竹林はすべて、古来より「聖地」とされていた場所だったのだ。
「まるで、何かが竹林から回収されているような…」
山田の脳裏に、ある仮説が浮かんだ。もしかすると、竹取物語は単なる御伽噺ではないのかもしれない。
翌日、環境省に奇妙な報告が入った。富士山麓で、巨大な光の柱が目撃されたという。山田は直感した。これは始まりに過ぎない、と。
人類は長い間、自然を支配できると信じてきた。竹を切り、森を拓き、都市を築いた。だが、もし自然の側に「意思」があったとしたら?もし、竹取物語の「かぐや姫」が、単なる美しい女性ではなく、もっと別の存在だったとしたら?
山田は窓の外を見た。都市の灯りが煌々と輝いている。その光の向こうで、何かが静かに動き始めていることを、彼はまだ知らなかった。

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