前回の話

第7話「生まれ変わった地球」
あれから十年が経った。
私は今、かつて天文台があった丘の上に立っている。ここからは、生まれ変わった地球の姿が一望できる。
町は緑に覆われているが、それは荒廃ではない。建物と植物が共生し、新たな都市の形を作り出している。道路は生きた木の根でできており、建物の壁は呼吸する苔で覆われている。
「懐かしいな」
隣に立つ田中が言った。彼の髪には白いものが混じっているが、瞳は若い頃と変わらない輝きを保っている。
「あの頃は、世界が終わると思っていた」
「ある意味、終わったのかもしれない」
私は微笑んだ。
「古い世界が終わり、新しい世界が始まった」
今、人類は三つのグループに分かれている。
完全適合者は、植物と完全に一体化した。彼らは森の守護者となり、新しい生態系を管理している。
部分適合者は、人間の姿を保ちながら、ハーモニウムの恩恵を受けている。病気に強く、寿命も延びた。私と田中もこのグループだ。
そして、純粋人間。彼らは変化を拒み続けているが、もはや敵対はしていない。平和条約が結ばれ、それぞれの領域で暮らしている。
「山田教授は元気かな」
田中が空を見上げた。
「ええ、きっと」
山田教授は五年前、完全適合者となることを選んだ。今は太平洋の海底都市で、新生物の研究をしているという。
「そういえば、今日は記念日だったな」
「ええ、『第一接触』から、ちょうど十年」
私たちは丘を下り始めた。途中、あの少年に出会った。いや、もう青年と呼ぶべきか。彼の背中の植物は見事な大樹に成長し、多くの人々の憩いの場となっている。
「先生方、お久しぶりです」
「元気そうだね」
「ええ、おかげさまで。今日は学校で、子供たちに昔の話をしてきました」
彼は今、新世代の教育に携わっている。適合者と純粋人間の子供たちが共に学ぶ学校で。
夕方、私は自宅に戻った。庭では、ハーモニウムの結晶が優しく輝いている。
「今日も一日、ありがとう」
結晶に話しかけると、温かい波動が返ってきた。
あの日、隕石が落ちた日から、世界は確かに変わった。
恐怖があり、混乱があり、対立があった。
しかし、今思えば、それは必要な過程だったのかもしれない。
蝶が蛹から羽化するように、地球は新たな姿に生まれ変わった。
そして、私たち人類も。
窓の外を見ると、空に不思議な光が見えた。オーロラのようで、そうではない。それは、地球全体を包む、ハーモニウムの輝きだった。
「美しい」
私は呟いた。
かつて、私たちは宇宙に知的生命体を探していた。
しかし、彼らは向こうからやってきた。
侵略者としてではなく、同じ宇宙を旅する仲間として。
そして今、地球は宇宙の中継地点となっている。
他の世界から来た者たちが、ここで休み、また旅立っていく。
私たちは、もはや孤独ではない。
結晶が、優しく脈動した。
まるで、同意するかのように。
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