前回の話

第2話「不思議な手紙の謎」
最初の手紙は、局内の金庫に保管されていた。
「これが第一の手紙です」
局長が取り出したのは、真っ白な封筒だった。宛名も差出人も書かれていない。
「白紙?」
「触ってごらん」
田中が手に取ると、文字が浮かび上がった。『記憶を忘れた老人へ』
「配達先は?」
「それを探すのも仕事のうちだ」
田中は溜息をついた。普通の郵便なら、宛先不明で返送するところだ。
街を歩き始めると、手紙が微かに温かくなったり冷たくなったりした。まるで「だるまさんが転んだ」の要領で、正しい方向を示しているようだった。
「原始的なナビゲーションだな」
三時間後、田中は街外れの老人ホームに辿り着いた。
受付で尋ねると、記憶を失った老人が一人いるという。部屋に案内されると、窓辺で佇む小柄な老人がいた。
「お手紙です」
老人は振り返りもせずに言った。
「私宛の手紙なんてあるはずがない。私は誰なのかも分からないのだから」
「でも、これはあなた宛てです」
半信半疑で封を開けた老人の顔が、みるみる変わっていった。
手紙の中身は、一枚の古い写真だった。若い頃の老人と、小さな女の子が写っている。
「これは……私の娘だ」
記憶が堰を切ったように蘇る。老人は涙を流しながら、写真を抱きしめた。
「思い出した。私は郵便配達員だった。四十年間、手紙を届け続けた。娘にも、毎日のように手紙を書いていた」
老人は立ち上がり、田中の手を握った。
「ありがとう。記憶を届けてくれて」
その瞬間、老人の体が光に包まれた。
「えっ?」
光が収まると、老人の姿は消えていた。代わりに、新しい手紙が一通、ベッドの上に残されている。
『時を超えた恋人たちへ』
「なるほど、そういうことか」
田中は理解した。七つの手紙は連鎖している。一つを届けると、次が現れる。まるで壮大な郵便リレーだ。
老人ホームを出ると、空の紫色が少し薄らいでいた。
「一通届けただけで、世界が少し元に戻った?」
配達カバンの中で、二通目の手紙が脈動し始めた。次の配達先を探せと言わんばかりに。
「やれやれ、歩合制でもないのに」
愚痴を言いながらも、田中の足取りは軽かった。手紙を届ける喜びを、久しぶりに思い出していた。
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