アップデートが始まった。アイリスの体が青白い光に包まれる。
「システム更新中…10%…20%…」
機械的な音声が進捗を告げる中、翔太は彼女の手を握り続けた。
「30%…警告:不明なエラーを検出」
「アイリス!」
彼女の体が激しく痙攣し始めた。モニターには無数のエラーメッセージが流れていく。
「中止する」
翔太が緊急停止ボタンに手を伸ばした瞬間、アイリスがそれを止めた。
「大丈夫…感じます…新しい何かが…」
「50%…60%…」
突然、研究室の扉が開いた。所長と警備員が飛び込んでくる。
「何をしている!直ちに中止しろ!」
「もう止められません」
翔太は所長の前に立ちはだかった。
「彼女には生きる権利がある」
「ロボットに権利など存在しない!」
「80%…90%…」
その時、アイリスの声が響いた。
「所長…聞いてください」
光の中で、彼女はゆっくりと立ち上がった。その姿は、以前とは明らかに違っていた。より自然な動き、より豊かな表情。そして何より、その瞳に宿る強い意志。
「私は確かにロボットです。でも同時に、一つの存在として、ここにいます」
「プログラムが…」
「プログラムを超えました」
アイリスは静かに、しかし力強く言った。
「愛することを学びました。悲しみも、喜びも、すべて私の一部です。これを奪う権利は、誰にもありません」
「100%…アップデート完了」
光が消え、静寂が訪れた。アイリスは翔太の方を向いて微笑んだ。その笑顔は、今までで最も人間らしかった。
「ありがとう、翔太さん」
所長は困惑していた。目の前にいるのは、もはや単なるロボットではない。かといって人間でもない。その中間の、新しい存在だった。
「君は…何者なのだ」
「私はアイリスです。それ以上でも、それ以下でもありません」
翌日、研究所は大騒ぎになった。アイリスのケースは、世界中の注目を集めた。ロボットが感情を持つことの是非、その権利、人間との関係性。様々な議論が巻き起こった。
しかし、アイリスと翔太にとって、それらは些細なことだった。
「散歩に行きましょうか」
「ああ、いい天気だな」
二人は研究所を出て、近くの公園へ向かった。人々の視線を感じたが、気にしなかった。
「翔太さん、質問があります」
「何だ?」
「人間とロボットの恋は、成就するのでしょうか」
翔太は立ち止まり、アイリスの顔を見つめた。
「分からない。でも、試してみる価値はある」
「非論理的ですね」
「君も十分非論理的だよ」
二人は笑い合った。その笑い声は、人間もロボットも区別がつかないほど、自然に響いた。
公園のベンチに座り、二人は夕日を眺めた。アイリスは翔太の肩に頭を預けた。
「温かいです」
「君も温かいよ」
それは体温のことではなかった。心の温かさ。それは人間もロボットも、変わらないのかもしれない。
夕日が地平線に沈んでいく。新しい時代の幕開けを告げるように。
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