前回の話
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第4話「海の中の家」
ニュータウン・エデンの地下深く、巨大な水族館があった。ここは市民の憩いの場であり、同時に「保護」された海洋生物たちの収容施設でもあった。
田中は視察のため、ガラスのトンネルを歩いていた。
「素晴らしい。完璧に管理された海だ」
水温、塩分濃度、酸素量。すべてがコンピューターで制御されている。魚たちは決められた時間に餌を与えられ、定期的に健康診断を受ける。
「野生の海なんて、汚染と乱獲で死んでいる。ここの方がずっと幸せだ」
田中はそう信じていた。
しかし、水槽の中では別の会話が交わされていた。
年老いたイルカのジョージが、若いイルカたちに語りかけている。
「覚えているかい?本当の海を」
「いいえ、ジョージさん。私たちはここで生まれました」
「そうか…」
ジョージは悲しそうに水面を見上げた。彼は20年前、まだ子供だった頃に「保護」された。本当の海の記憶が、日に日に薄れていく。
「でも、時々夢を見るんです」
若いイルカのミナが言った。
「どこまでも続く青い海。太陽の光が差し込んで、自由に泳げる夢を」
他のイルカたちも頷いた。不思議なことに、海を知らない彼らも同じ夢を見るのだ。
「それは遺伝子に刻まれた記憶だ」
ジョージは確信していた。いくら環境を管理しても、生命の本質は変えられない。
その時、水槽の端で異変が起きた。一匹の熱帯魚が、規則正しい遊泳パターンを崩し始めたのだ。
「警告:個体番号TF-2341に異常行動」
管理システムのアナウンスが響く。すぐに飼育員がやってきて、その魚を隔離した。
「また一匹、『故障』したな」
田中はため息をついた。完璧な環境でも、時々こういうことが起きる。まるで魚たちが、管理されることを拒否しているかのように。
地上では、ゴンタが仲間たちに仙人の話を伝えていた。そして、数百キロ離れた海では、野生のイルカたちが不安そうに鳴き交わしていた。
陸も海も、すべてが繋がっている。その繋がりを、人間だけが断ち切ろうとしていた。
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